理研  環境資源科学研究センター 植物免疫研究グループ
 
 

アフリカにおいて甚大な農業被害をもたらしているストライガとは


Striga hermonthica

Striga gesnorioides

ストライガ( Striga)は、双子葉植物である ハマウツボ科に分類される 寄生植物である。 万葉集にも登場し生け花にも用いられる ナンバンギセルや、浜辺で時折みかけるハマウツボ、山地や湿地で美しい花を咲かせる シオガマギクやコシオガマなどがこの仲間にはいる。一方で、地中海沿岸で野菜や花卉に寄生する オロバンキなど、多大な農業被害をもたらす寄生植物もある。中でも“魔女の雑草(witchweed)”とも呼ばれるストライガによる農業被害は特出している。特に Striga hermonthicaは、モロコシやトウモロコシ、イネなどの主要な穀物の根に寄生し甚大な被害を出しており、主にアフリカの半乾燥地域を中心に感染領域約40万km2(日本の本州の2倍程度の広さ)、年間被害額推定1000億円といわれる。このため2010年のサイエンス誌で、 世界の食糧安全保障を脅かす七大病害のひとつとしてとりあげられた( ref)。また Striga gesnerioidesは、 ササゲなどの主要豆科植物に寄生し、大きな被害を出している。ここでは、これまでのストライガの研究を簡単にまとめてみました。
  1. 驚異の秘密は種にあった
  2. ストライガ発芽誘導物質 “ストリゴラクトン“
  3. ストリゴラクトンは共生カビへの招待状
  4. ストリゴラクトンは新規の枝分かれ抑制ホルモン
  5. ストリゴラクトン変異体はストライガ抵抗性となる
  6. ストライガの宿主特異性
  7. ストライガはおなじハマウツボ科には寄生しない
  8. ストライガへの抵抗性遺伝子はNLRタンパク質をコードする
  9. ストライガ機能ゲノム研究へむけて
  10. イネ科の宿主からストライガへ、核内遺伝子が水平伝播する現象を発見
  11. ストライガ研究の展望
  12. APPENDIX  ストライガ関連リンク


驚異の秘密は種にあった


なぜストライガはこれほどまでに猛威を振るっているのだろうか?その"秘密"は、実はその種にあった。ストライガ種子は直径0.3mmほどで非常に小さく、埃のように風に舞う。耐久性が高く、土壌中で30-40年経過した種でも発芽能力を失わない。すぐ隣に植物がこなければ全く発芽せず、宿主となる植物が来るのを土の中でじっと待ち続けることができる。いったん発芽すれば、数日のうちに宿主の根に侵入を開始し、通道組織を連結し、茎の伸長を始める(下ビデオ参照)。4週間ほどで地上部に出て、10週間もすれば開花し種をつける。一個体から約10万粒の種が作られ、またばらまかれるのである。つまり一度ある地域が種で汚染されてしまうと、その完全な駆除は非常に困難であるといえる。アフリカではすでに広大な領域に汚染が広がっているため、その駆逐はほぼ不可能である。

ストライガ発芽誘導物質 “ストリゴラクトン“


ストライガは、すぐ隣に植物の根がきたときのみ発芽し根に吸着するが、その距離は数mm程度であり、根から分泌される壊れやすい化学物質に反応していると考えられた。そのような物質があれば、宿主がないところでストライガを強制的に発芽させて、駆除できるのではないかというアイデアのもと、COOKらは1966年にワタの根からの滲出液からストライガ発芽誘導物質を精製、同定しストリゴール(strigol)と名付けた。残念ながらこの物質は不安定で、農業的な利用には至らなかったが、その後、いろいろな植物から同様の化学物質が同定され、さらに、ストライガのみならず、オロバンキの発芽誘導能も持つことが明らかとなった。これらの物質は総称として ストリゴラクトン(Strigolactone)と名付けられた。

ストリゴラクトンは共生カビへの招待状


植物が、わざわざ寄生植物の発芽を誘導するために土壌中にストリゴラクトンを滲出するとは考えづらく、他に生理的な役割があるのではないかと長い間考えられていたが、それが明らかになったのは実に40年後の日本における研究によるものであった。秋山らが植物の根に共生するカビ(菌根菌)を活性化する植物の因子を単離し、その構造を決定したところ、ストリゴラクトンであることがわかった(ref)。菌根菌の菌糸は、共生相手である植物の根に近づくと細かく分岐する形態変化をおこし、根の細胞の中へ入り込む。ストリゴラクトンはこの菌糸分岐を誘導するシグナルであったのである。菌根菌は、植物から糖などの有機栄養を得る代わりに、リンや窒素などの必須な無機栄養を植物側に供給する。ストリゴラクトンはリンや窒素の欠乏期に多く滲出されることから(ref)、植物は栄養欠乏に陥ると、ストリゴラクトンを使って菌根菌を呼び寄せていることがわかったのだった。

ストリゴラクトンは新規の枝分かれ抑制ホルモン


しかしまだ謎が残った。寄生植物の発芽誘導活性は菌根菌と共生できない植物からも認められるのである。なぜ、菌根菌共生による利益を享受しない植物がストリゴラクトンを生産しているのか。これに対する答えが出たのは、2008年の RIKEN PSCのグループらとヨーロッパの Gomez-Roldanらによる研究だった。両グループは、それぞれイネとエンドウを用いて、枝分かれが多くなる変異体にはストリゴラクトンの内生量がほとんどないことを発見した。さらに、それらの変異体にストリゴラクトンをかけると枝分かれが抑制されることから、ストリゴラクトンが枝分かれを抑制する新規の植物ホルモンであることを示したのである。
プレスリリース 2008

ストリゴラクトン変異体はストライガ抵抗性となる


つまり植物は貧栄養下ではストリゴラクトンを生成し、脇芽の数を抑制してエコモードにはいり、かつ栄養補給のために菌根菌を呼び寄せる。このシグナルをストライガがハイジャックし、寄生のための第一ステップとしていたのである。アフリカのサバンナのような貧栄養地でストライガが猛威を振るっているのもうなずける。また、ストリゴラクトン内生量がほとんどない変異体では、ストライガ種子の発芽誘導能がなく、ストライガ抵抗性となることも明らかとなり、ストライガ抵抗性植物の育種への大きく前進した。

ストライガの宿主特異性


ストライガのうち S. hermonthicaS. asiaticaは単子葉植物を宿主とし、双子葉植物を宿主としないが、 S. gesnerioidesは逆に双子葉を宿主とする。いったい何が宿主特異性を決めているのだろうか?我々のグループは、 S. hermonthicaを宿主・非宿主植物に感染させその経過を観察した。その結果、非宿主植物であってもストライガは吸器を形成し組織内に侵入できること、非宿主植物においては侵入後に何らかの不適合が生じ寄生が成立しないこと、また、不適合が生じる組織は皮層、内皮または通導管連結後と非宿主植物種によって異なることが示唆された( Yoshida et al New Phytol 2009)。

ストライガはおなじハマウツボ科には寄生しない



さらに、S. hermonthicaが同じ種内では寄生しあうことがないことに着目し、同じハマウツボ科の寄生植物であるコシオガマ(Phtheirospermum japonicum)に対してもほとんど侵入がおこらない(下ビデオ参照)。つまり、ハマウツボ科の寄生植物は何らかの機構をもって、お互いを認識して、種内寄生を避けていると考えられる。

ストライガへの抵抗性遺伝子はNLRタンパク質をコードする


S. gesnerioidesは主にササゲを宿主とするが、ササゲの品種の中には、ある地域で生育しているS. gesnerioides対しては抵抗性を示すが、他の地域のS. gesnerioidesには寄生を許してしまうものがある。ササゲの遺伝学的に解析により、その品種による抵抗性を決定する遺伝子座の存在が示唆され、さらにS. gesnerioidesのほうにもその抵抗性を誘導する特異的な遺伝子座があることがわかってきた(ref)。つまり、植物の病原菌に対する特異的な抵抗性を説明するためによく用いられるフロー(Flor)の遺伝子対遺伝子説にあう現象が、寄生植物に対する抵抗性においてもみられる。最近になってササゲのS. gesnerioidesに対する抵抗性遺伝子はNLR(nucleotide binding leucine-rich repeat containing)タンパク質をコードしていることがわかった(ref)。NLRタンパク質は、ウイルス、細菌、カビ、線虫、昆虫などの病害抵抗性に関与していることが知られており(Shirasu Annu Rev 2009)、寄生植物も例外ではないことがわかったのである。ゲノム研究が進めばS. gesnerioides側の特異的因子も明らかになるであろう。

ストライガ機能ゲノム研究へむけて



近年、植物分野の分子生物学的研究は飛躍的に発展したが、その成果の多くはシロイヌナズナやイネなど、ゲノム解読が終了し各種解析ツールが発展したモデル植物種に限られている。しかし、ここにきて次世代シーケンス技術の発達によって、モデル植物以外においても網羅的なシーケンス解析が比較的容易になってきている。つまり、モデル植物での知見を重要植物に応用するのではなく、逆に重要植物自体をモデル化することが可能となってきた。こういった状況の中、我々のグループは、 S. hermonthicaにおける遺伝子情報解析ツールを確立させるため S. hermonthicaの各発達段階における様々な器官から得られたRNAを元に、 70,000以上のEST(expressed sequence tag)配列を決定した。これによって重複のない約17,000のcDNA配列が得られ、これらの解析結果をデータベースとして公開している (http://striga.psc.riken.jp)。Blastサーチによる相同性タンパク質解析により、約13%にあたる配列が、既知の遺伝子と高い相同性を持たない新規タンパク質をコードすることが示唆された。また、 アメリカのグループによりハマウツボ科に属するオロバンキや条件的寄生植物トライフィザリア(Triphysaria)などの大規模トランスクリプトーム解析が進んでおり、近い将来、比較ゲノム解析による寄生植物特異的遺伝子の同定が可能となるであろう。

イネ科の宿主からストライガへ、核内遺伝子が水平伝播する現象を発見


通常、遺伝子は、親から子へと受け継がれていくが、親子関係のない生物同士の間でも遺伝子は伝播することが知られている。これは 「遺伝子の水平伝播」と呼ばれ、微生物ではよく知られた現象であるが、高等植物では、 ミトコンドリア遺伝子の水平伝播や、 トランスポゾンによる近縁種間での水平伝播などの例に限られていた。我々は S. hermonthicaのESTの大規模解析から、宿主からの水平伝播によって得られた遺伝子を発見できるのではないかと考えた。 S. hermonthica双子葉植物であり、宿主は単子葉植物であることから、 S. hermonthicaESTの中に、その相同遺伝子が双子葉植物には全く見つかっていないが、 単子葉植物のイネ科に特異的に存在するものを探索した結果、実際にそのような遺伝子は存在した( Yoshida et al Science 2010)。この遺伝子は宿主であるモロコシの遺伝子との相同性が最も高く、DNAレベルで83%であった。すなわち S. hermonthicaは、この遺伝子を祖先の双子葉植物から受け継いでいるのではなく、イネ科の宿主植物から獲得したものであり、ストライガは水や栄養だけでなく、遺伝子も宿主からもらっていることが明らかになったのである。普通の遺伝子がある植物から他の植物へ伝播すること自体、驚異的であるが、自然界では、思ったよりも、遺伝子は流動的なものなのかもしれない。実際に微生物間では Gene Transfer Agent(GTA)と呼ばれる新規のウイルス様の因子が水平伝播を担っていることが分かってきた。寄生植物のゲノム解析が進めば、どのくらいのスケールでこのような遺伝子の水平伝播が起こっているかが明らかになってくるであろう。また、どのようにこの遺伝子が伝播したかは不明であるが、 S. hermonthicaのゲノム上でモロコシゲノムとの相同性がなくなる部分に polyA配列がみられることから、 mRNAの形で寄生植物の 師管等に入り、 メリステムまで到達した可能性はある。寄生植物内で宿主のmRNAが見つかることは報告されていること( ref)からも、この可能性は高いと考えられる。残念ながらこの遺伝子の機能は未知であり、何故、 S. hermonthicaがこの遺伝子を保持し、発現しているのかは不明である。
プレスリリース 2010

ストライガ研究の展望


コシオガマ

究極の目標は、ストライガの寄生システムの分子機構およびそれに対する抵抗性機構の解明である。 S. hermonthica絶対他家受粉植物であり、変異体単離による遺伝学的なアプローチは難しい。 トランスクリプトーム解析などで、寄生時に発現する遺伝子を見つけ出し、 ジーンサイレンシングなどで 逆遺伝学的にノックダウンすることは可能だが、それには 形質転換技術の確立が不可欠である。そこで、我々のグループでは、ストライガの形質転換技術の開発に取り組んでいる。また、さらに遺伝学的な解析に取り組むためには、寄生植物のモデル植物の確立が重要になってくる。我々は、ハマウツボ科に属する日本産の寄生植物コシオガマ( Phtheirospermum japonicum)をモデルにできないかと考えている。コシオガマは条件的寄生植物であるため、宿主なしでも生育でき、寄生能を失った変異体も単離できるかもしれない。コシオガマは S. hermonthicaとは異なり、自家和合性植物であり遺伝学も比較的簡単にできよう。そのためには、コシオガマのEST情報など、分子生物学的なリソース作りも欠かせない。コシオガマの生態型コレクションも必要になる。もし、お近くでコシオガマを見かけたら、種を送っていただけると幸いです。近い将来、寄生システムの分子機構解明に重要な役割をする時がくるかもしれません!

(”植物を襲う植物”  白須 賢、吉田聡子 生物の科学 遺伝 2010年9月号 より改変)

若竹崇雅、吉田聡子、白須賢 (2016) 根寄生植物の寄生メカニズム─ ゲノム解読とモデル実験系の確立で農業被害の撲滅に道 生物の科学 遺伝 70 (4) 289-293.